ドナルド・フェイゲン

オーディオとは不思議な物で、どこをいじっても音が変わるので、よっぽど自分で明解な方向性を持っていないといったい何をやってるのか分からなくなる。それが果たして納得の行く音を鳴らせているのか疑問なときは、誰か同好の士に聴いてみてもらうのが良いのだろうが。ひとりで悦に行ったり落ち込んでみたりとにかく忙しいのだ。

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本日も懲りずにプアな素人考えのオーディオ弄りに没頭中、カートリッジのリードワイヤーを交換中に切ってしまった。家内に告げて早速秋葉原にリード線を買いに行く。連休で車がいつもの土曜より多い。混むであろう道は渋滞だが、裏道を抜ける商用車がないのであっというまにアキバに。
オーディオに凝りだす前まではあのラジオ会館の怪しい建物の中に足を踏み入れるなどとは思いもしなかった。その中の平方電機というお店を目指す。車を近場に停め向かう道すがら、ダイナミックオーディオも覗いてみる。そこの手強そうな店員のオヤジさんに冷やかし程度にリード線の事を相談すると、以外にも(失礼)的確にアドバイスをくれる。やっぱり海千山千というか、なんでも長くやってる人の話には耳を傾けるべきであるな。有り難う御座いました。結局マイソニックラボの(簡単には手を出せない金額の品揃えのカートリッジメーカー)リード線を買ってみる。定価4,200円のところが2,800円。
急いで戻ってそやつを取り付けてみる。
最近のリファレンス盤、シェルビー・リンのdusty springfieldのカバー集のレコードをかける。一発目のシンバルの音。ああ、明らかにSNが上がった。はーー。なんでも試してみるものだ。恐るべしリード線の深い森。(こればっか)
次々と音の良い盤をかけてみる。ジョニ・ミッチェルの「mingus」米リプリーズのテストプレス盤。ブランドXの「live stock」英国カリスマ盤マト1の1曲目。イーノの「another green world」のポリドール盤マト1。何故かこれがピンクリムのアイランド盤マト1より音が良いのだ。ジュリー・ロンドンの「julie is her name」のB3、”easy street"。バーニー・ケッセルが気持ちよく鳴るか?このあたりのレコードでいつもテストをしてみる。
最期にドナルド・フェイゲンの「the nightfly」をかけてみた。高音質盤も確かある筈だが、ワーナーの初期プレスであろううちの盤も充分鮮度があって、2007年に出たフェイゲン6枚組ボックスCDと聴き比べても遜色ない。むしろこの時代のUSワーナーのほうにあきらかな情報量の差が感じられ、レコードはスゴイなと思う。ヴァン・ヘイレンとかリッキー・リーの一枚目とかも録音スゴイです。

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この「the nightfly」を大学に入って最初の年、唯一車を持っていた友人のカーステレオで初めて聴いた。
夜のドライブだったか、とにかくパンク、ニューウェーブにどっぷりだった自分には軽い衝撃だった。今でこそフェイゲンのソロ時代の、というかキャリアで一番才気走っていた頃の録音芸術の如く扱われているこの盤も、当時は所謂AORの括りで、ユーミンの新譜を買う層とダブっていたと思う。友人もユーミンのパールピアスだかノーサイドだかの次にカセットを入れた様な気がする。
今改めて聴いても毎回の様に鳥肌が立つ。フェイゲンのルーツであるR&Bやリーバー・ストーラー等の米国音楽と、彼が夢想していた米国の光と影を、東の人の冷めた視点でもって吐き出すかの様なアイロニー。ボブ・ラドウィッグのマスタリングで、82年という時代に機材に誘導されてない音楽が記録されている事の奇跡。スクリッティ・ポリッティがNYに出掛けてアレサ・フランクリンについて作ったものの酷さを考えたら、やっぱりグリーンとフェイゲンは役者が違うとしか言いようが無い。フェイゲンのこの完璧なパズルの様なアルバムは、構造を研究・学習する事も出来るし、この鬱な世を憂う事も出来るし、もちろん唄って踊る事も出来る。


6枚組のボックスのNVIとかいうインタラクティブDVDの中に入っていた"new frontier"のPVをぼんやり観ていたら懐かしくなってしまった。というより大学時代の空騒ぎな毎日を思い出して、なんとフリーダムな時間だったんだろうと後悔なのかなんなのか分からない複雑な気持ちになってしまった。