クリームで一番凄い人は

ヤフオクで680円。「ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック」。

副題がonce Upon A Time In England。『レコード・コレクターズ』誌の連載をまとめたもの。
連載を読んでいたので加筆があってもちょっと手を出すのを躊躇っていた。連載時は別のイラストレーターが挿絵を描いていて、その絵が当時のビートグループの細かいとこを(例えばジョンレノンはややガニ股で描かれるべきみたいな)うまくついたものだったので書籍になったときの表紙は違和感あったのだ。案外それが買い渋った一番の理由かもしれない。


で、パラパラめくって、アッと思った。

そうか、表紙はハタチの頃のバラカン氏か。そうだよな。

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書かれたものや聞き伝えではなく、そこにいた人の話は面白い。一緒にお仕事させてもらって20年近くになるカメラマンY氏はスインギンなロンドンの時代も終わる頃、そこで写真家として働いていた方だ。若くして英国に渡りアシスタント時代を経て自分のスタジオをロンドンに構えた氏は70年代の半ばまでそこで撮影の日々を送ってらした。東京に戻ってからは売れっ子の写真家として今にいたるという氏なのだが、それはある日のこと、こんな会話が。


「この間タワーレコードで昔自分が撮ったポップグループのCDが懐かしくて、買いました」とY氏。
(氏はミュージシャンとかロックバンドという言い方では無く「ポップグループ」と言った。)
「誰のCDですか?」と僕。
「フリーというバンド知ってますか?」とY氏。
「え、フリー。。。ですか!?(慌て気味)何と言うタイトルですか!」と僕。
「えーとfire and waterっていうんですけど、知ってます?」とY氏。
「知ってるも何もアワワワワ。。。」みたいな僕。


自宅でジャケット裏を見るとクレジットには氏のファーストネイム。話を聞くとどうやら当時アイランドの仕事をする機会があったそうで、広告やファッションが主だったがそのLPジャケットの撮影をY氏は受けた。撮影日、フリーの連中は約束の時間に来なかった。「もうそういう時間通りに来ないポップグループの仕事は断ろうと思いました」と言う。送れて来た4人をスタジオで何カットか撮った。あのもやっとしたスモーキーな感じの緑色はY氏の作風である、今思えば。興奮しながら根掘り葉掘り聞くのだがあまり覚えてないと言われる。但しそこで聞いた2、3の事柄がもう痺れる話ばかり。
ストーンズの連中が自分のアシスタントとバンドをやっていた?友人だった?とかで彼のスタジオにもデビュー前のミックやらがうろうろしていたという話。◉ジミヘンが初めて英国に来た時、その会場にはあらゆるロンドンのミュージシャンが居て、演奏を見たらば明らかに彼は今まで聴いたギタリストとは全く違う音がしていて皆ドギモ抜かれた話。◉アントニオーニの映画「欲望」の撮影にスタジオを貸した話。もう......お伽噺の世界です。レココレやストレンジデイズは氏に話を聞いた方がいい。

ebayでfire and waterのカットのサブカット使ったドイツ盤かフランス盤のMr.Bigだかのシングルを見つけたので、プレゼントしたときも「覚えてなかった」と笑われたし、偶然ジョン&ビヴァリー・マーティンの「stormbringer」の裏クレジット見てたらY氏の名前発見。驚いて連絡したら「撮影したことも忘れてました(笑)」との事だった。早速所望されたため英国盤探しに西新宿に旅に出た(笑。結局下北沢のロックバー「stories」のエサ箱にて安価にて捕獲。なんでバーに売ってんのという話は置いといて。あのstormbringerもY氏の柔らかいスモーキーなトーンの素晴らしい写真だ。嵐の前兆の様な怪しい空のあすこは別にウッドストック詣でではなく、ロンドンの公園の丘なんだそうです。


あまり突っ込んで聞いても覚えてないと笑ってかわされる。バラカン氏もそうなんだけど、そういうほんとに貴重な語り部は、もうあまり居ない。某ソニーを退職したディレクターが、チープトリックの武道館を今また画策したり、本を出したりしてましたが、あぶく銭で海外取材してる話や、プロモーションしたアーチストとの親交なんかが卑しく空々しい自慢話にしか聞こえないのは、銭儲けとしての日本の洋楽仕事がまずありきだからだろうか。いやその個人のパーソナリティだな。


Y氏は「僕は音楽は詳しくなかったけど」と前置きしてから「クリームを観たときに一番凄かったのはドラムのジンジャー・ベイカーでした」という話が妙に生々しい。なんとそれはカッコイイ、ヒップな話なんだろう。その当事者しか分からないのその話は、英国ロックの深い森の匂いとしての現実感をもって、今も強く記憶に残っている。



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