私的名演見学忘備録 :the raincoats

渋谷の街をシングルレコードを鞄に入れて歩く。路地を抜けると目の前をふわふわで無造作なブロンドのオバさんが坂を降りて行く姿と遭遇する。あ、ジナ・バーチだ。直感で判る。
「エクスキューズミイ。あなたはレインコーツの」
「そうよ、ジーナ・バーチです」
「あなたのレコードを携帯しているのですがサインを貰っても良いでしょうか?」
「勿論!ああ古い奴だねえ」
何故かこの顛末を予感していた、というより確信をもって渋谷の坂道を歩いていたのである。必ずしもこういう偶然があるわけでは無いにも関わらず(まあ、ライブハウスの前でじっと待っていれば出会えますが)ラフ・トレードからのデビューシングルを折れない様に鞄に入れて出かけた。変な所だけ勘がいいのです。ちょっと気味が悪いとも思ったけどそうなる気がしたのだ。
「10代の頃このレコードに頭を打ち抜かれたんです」とかなんとか拙い英語で喋ったらワーと喋り返されたけれど何か全く聞き取れなかった。

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空調の悪いon air westで待つ。最初のバンドは名前を書くのも憚られる程のとんちんかんな内容だったが、2番目のphew+菅波ゆり子のduoはphewの唯我独尊ぶりにクラクラさせられる。ここのところのphewは達者且つ素晴らしいバッキングの演者とのセットで充実した味わい深いライブを聴かせていると思う。昨晩の菅波さんも素晴らしかった。無邪気な(元)女の子繋がり、オバさん繋がり、ヴァイオリン繋がり等の理由でのブッキングだったのだろうが、全くの断絶(他意は無し)を持った対バンの2組を終えてレインコーツはたらたらとon air westのステージに出て来た。
まず招聘したコントラードさんには御礼を言いたいです。元サムオブアス(素敵なレコ屋だった)の小林さんが奔走されたのだと思う。
英国の小さなコミュニティから世の心在るロック音楽の縮図を塗り替える程の重要な人達(だった筈)の30年後は、観る人が違えばあまりに拙い、決まり事の少ない緩いものにしか写らないものであろうけども、詰めかけたオッサンと若い女の子達(この2種類しか居なかった)には充分に頭をピストルで打ち抜かれる体験と成った。このゆるゆるのぱたぱたした音楽が何かを転覆させようとしていたのだなと実感した筈だ。昨日のあそこの自分含むオッサンと若い女の子達とグランジの左利きの寝間着の彼とかも、そこに気がついたわけです。

才能溢るるジナ・バーチは英国ロック音楽の系譜を正しく受け継いでいるように見えた。彼女の飄々とした佇まいや唄からはニール・イネスやアンディ・ロバーツの様な演者も透けて見える。勿論レイ・デイヴィスも。slitsもやっている"adventures close to home"のギクシャクした構造はscritti polittiの初期のそれと同じであった。メイヨ・トンプソンに引っ張られたレインコーツとデニス・ボヴェルのslitsとの違いは面白い。完璧なアンダー・コントロールのslitsのCUTヴァージョンよりも実はレインコーツのヴァージョンの方が自由度が高い。それと"adventure~"で唄われるテーマはgang of fourの"at home he's a tourist"と同じく閉鎖的な英国的状況を女の子目線で恋愛とうまくすり替えた例えなのだろう。ダダイズムは同時多発的に発生したという事。
皆が待ち望んでいた"lola"はやっぱり短絡的なフェミニズムの転覆を計った周到に計算されたカヴァーだと思う。van halenが”you really~"を演るのとは意味が違う。(van halenはデイヴ・デイヴィスの破れたアンプの歪みを再構築するのが目的だった)。
アンコールのリクエストに皆がバラバラの曲を言って、それを全て演って終了となった。引っ込む時にジナが観客に「ラヴリ〜」と放って帰って行く。「英国のオバさんラヴリー頻繁多様説」を確信する。ラヴリ〜〜。

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終わって外に出ると向かいのライブハウスでcurved air~roxy music~ukのエディ・ジョブソンのバンド公演をやっていた。エディはあの透明なエレキヴァイオリンを今でも使っているのかなあ、レインコーツのアンのやつとは0が2つくらい違うんだろうなあ、なんて考えながら坂道を降りて行った。



The Raincoats "Fairytale In The Supermarket"EP Rough Trade/RT013/UK/1979